知ることは、相手のためだけではない

支援や子育てをしていると、「なんで?」と思うことがあります。
でも、その「なんで」が続くと、人は疲れてしまいます。

知識は相手を理解しようとするためのものです。
そして実は、自分自身の心を守るためのものでもあるのかもしれません。
佐々木 康栄 2026.06.12
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支援者の方々や親御さんとお話をしていると、
「もっと勉強しなきゃと思うんです」という言葉を聞くことがあります。

その気持ちはよくわかります。
実際、僕自身も学び続けている途中ですし、今でも知らないことばかりです。

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続きは、1648文字あります。
  • 「なんで?」が続くと、人は疲れてしまう
  • 知ることで見え方が変わる
  • 障害は、その人の中だけにあるのだろうか
  • 知識があれば支援できるわけではない
  • 学ぶことは、自分を守ることでもある

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