「グレーゾーン」。その言葉の意義を再考する。ぼくが違和感を持つ理由

「うちの子はグレーゾーンなのでしょうか?」

これまで何度も受けてきた相談です。講演でご依頼頂くことのあるテーマでもあります。

それだけ多くの方が関心を持ち、不安や悩みを抱えているテーマなのだと思います。
でも実は、ぼくは「グレーゾーン」という言葉に以前から違和感があります。

今回は、「グレーゾーン」という言葉の意義について、改めて考えてみたいと思います。
佐々木 康栄 2026.06.04
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本当に知りたいのは「グレーゾーンかどうか」なのだろうか

ぼくが「グレーゾーン」という言葉に違和感を感じているのは、
この言葉を使う人を否定したいからではありません。

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続きは、2548文字あります。
  • 特性があることと、障害であることは違う
  • 診断は大切です。でも、ゴールではありません
  • 「グレーゾーンですね」と言われて解決につながるのか
  • ラベルは安心をくれる。でも、人を見えなくすることもある
  • 支援とは、多数派に合わせることではない
  • その人を見てほしい

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